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ホームエクステリア・庭 > こんな家に住みたい。第四回 「石畳のある」家 その一 歴史ある石畳のはなし

こんな家に住みたい。
知れば、なるほど。オプションのある家
第四回 「石畳のある」家 その一 歴史のある石畳のはなし 第七回 防音室のある家 第一回 屋上に庭のある家 第二回 火のある家 第三回 シンボルツリーのある家 第四回 石畳のある家 その一 歴史ある石畳のはなし その二 アンティーク石畳とは 第六回 太陽光発電のある家 その三 ストーンデッキのススメ 第五回 ホームシアターのある家 第八回 無垢材のある家
第四回 「石畳のある」家
文・写真:株式会社おしゃ楽 田中 正巳
世界中の石を輸入販売を行う「おしゃ楽」を経営。
天然石のほか、世界各地から集めたガーデン資材の提供とそれらを使ったお庭の演出方法を提案する。

その1 歴史ある石畳のはなし
石文化との出会い 株式会社おしゃ楽 アテネの歴史を感じる石づくりの教会。

私と石(畳)文化との出会いは初めて海外旅行で訪れたギリシャでのことでした。36年前のことです。
アクロポリスの丘にオレンジ色の太陽が沈んでいく光景は今でも瞼に焼き付いています。学生の貧乏旅行なので行動範囲は限られていましたが、その分、一カ所ずつゆっくり見学することができました。

アテネの街外れを歩いていると街道のあちらこちらで半遺跡(半分は生活の場なので)といったものに出くわします。
そこで目にする石柱や石畳の群れの中に時折、日本人には馴染みのないギリシャ文字や古代の絵のようなものが刻まれているものを発見することがありました。

おそらく数百年から数千年前のものなのでしょう。それを刻んだ人の手とそれに今触れている自分の手が「石」を介して直結しているのだと思うだけで、とても興奮したものです。そして自分が踏みしめているこの石畳が他の多くの街や国とを結び付ける「道」になっているのだということにも感動しました。



一見冷たい表情をした石畳ですが、そのひとつ一つが人の手によって作られ、人の生活産業を支え、文明を発展させてきたことを思うと、改めて人間にとってなくてはならない大切な基盤を与えてくれる石にエールを送りたい気持ちになります。

アテネ、パルテノン神殿。あちらこちらで古代の石像、石柱が見られる。世界最古の石畳

ヴェスヴィオ火山の噴火で1700年間埋まったままだったイタリア、ポンペイの石畳の歩道。石畳とは…一般的に道路や広場にあるいは建物のアプローチなどを人や車の通行に際し堅固な状態に保つため、地面に敷かれる石舗装のことを言います。
しかし、アスファルトやコンクリートなど機能性の高い舗装材が一般的となった現在では、石畳の舗装は装飾性に重きが置かれるようになってきました。

石畳の起源は古く、人間がある程度のコミュニティ単位を持った時点で自然発生的に現れたと私は考えています。現存し、かつ後世の手直しが等入っていない完全・最古のものとしては南イタリアのポンペイの遺跡に残る轍のある石畳が有名です。

アッピア街道をはじめ、古代ローマ帝国時代にはヨーロッパ中に街道網が張り巡らされましたが、その主要な箇所は大きくて厚めの石畳が敷かれていました。

もちろん建築そのほかの様々な建築物にも石材は大量に使われました。当然のことですが、石材の加工はその重さや堅さゆえに大変な重労働であり、これほどの石文明を築くには計り知れない労働力が必要だったはずです。古代ローマ帝国の富と権力がいかに強大なものであったかが伺い知れます。

ベルギーのアルデンヌ地方の小さな村。古い石畳と石造りの家並みが保存されている。現在見られるような整った石畳の敷設は、近代に入り馬車を中心とした都市間、国家間の交通が発達したことと重なります。比較的小振りになった石畳は、大きさ・形などが車道や歩道の違いにあわせて揃えられるようになりました。

とはいえ、ヨーロッパ全域で石畳の舗装の道路網が発達したわけではありません。東欧でもロシアに近い地域では、20世紀に入っても農道に近い状態が一般的でした。

第二次世界大戦中のナチスドイツのロシア侵攻作戦通称「バルバロッサ作戦」が失敗した大きな要因はロシア領土内のぬかるんだ道がドイツ機甲師団の進軍を阻んだからでした。

ナチス上層部のお偉方はロシアの道路がそんなにひどいものだったことを知らなかったようです。もしロシアの道がきれいに舗装されていたら歴史も変わり、今とは違う世界地図になっていたかもしれません。


日本の石畳文化

日本でも古くから石畳はありました。しかし、そのほとんどは神社・仏閣の参道に敷かれたものです。現在でも一部の観光地(京都/奈良)を除いてその状況は変わりません。平安時代、その石畳の模様が衣服の文様に使われていた事が文献に載っています。また、石畳の模様が家紋になったのが「石畳紋」です。

※江戸時代、歌舞伎役者の初代佐野川市松が紺と白の石畳紋を袴に用いたことから市松模様という呼び名が付いたようです。

江戸時代になり幕府は江戸に通じる街道を中心に交通網の整備を進めましたが、その内容は伝馬制度や街道での荷車運行の原則禁止など、道路そのものの整備よりむしろ制度の方を優先しました。おそらく江戸の街を攻めづらくするという戦略的な意図があったのではないでしょうか。

東海道にはわずかの箇所ですが当時の石畳が残っているところがあります。箱根の坂道です。さすがにぬかるんだ坂道は歩けなかったでしょう。

ちなみに江戸市中では、荷車の運行は許されていました。そして、そのための舗装剤として浅草砂(細かい砂利のようなもの)なるものが使われていたらしいのです。残念ながら石畳は一般的には敷かれていませんでした。

こうして、江戸時代の街道交通はあまりスムーズなものではなく、物流はもっぱら海運に頼っていたようです(1633年以降に発令された一連の鎖国令を監視する意味もあります)。


ヨーロッパの石の流出
    
ヨーロッパの石畳のある風景

北米や南米、西インド諸島、アフリカなどでヨーロッパの石畳そのものが敷かれているのを見かけることがあります。とはいえ、高いコストをかけてこれらの国が輸入したわけではありません。

ヨーロッパを中心として海外貿易が発達した17世紀頃から、ヨーロッパを出向する船は航行中姿勢の安定を図るため船底にバラスト(おもり)として新旧の石畳を載せることがありました。

目的地に着くとそこで、石畳は重い荷物(なるべく比重の高いもの)と交換され、その港町や周辺の街道などに敷かれ陸送をも発達させる役目を担いました。

今でも古くからある国際貿易港周辺で往時の石畳を見つけることができるかもしれません。

  ドイツ、フライブルグ市街
スロバキア、ブラティスラバ市内の石畳とマンホール
ドイツ、フライブルグ市街で見つけた教会の模様を描いた石畳

石の種類

石畳に使われる石として一般的なものはやはり、御影石でしょう。比較的広範囲で産出し、材としての安定感が高く、強度もあり、加工もしやすいといった機能性に富んでいるからです。そのほか、安山岩や玄武岩などの火成岩も御影石同様の機能性があり、石畳に適しています。

イタリアなど産出する石の種類が豊富な国では上に挙げた石以外でも、砂石、石灰岩なども使われています。

もちろん、火成岩に比べ、耐久性は劣りますが装飾性があり、また歩道など摩耗しにくい場所に使うには柔なかな味もあり、逆に適しているかもしれません。

※ギリシャの写真2枚は著者が撮影したものではありません。

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ページ公開日:2009年10月7日
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